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ドミニク・チェン Dominique Chen
フリーカルチャーを
つくるための
ガイドブック
クリエイティブ・コモンズによる創造の循環
PDF第2版
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目 次
はじめに 007 フリーカルチャー
自由な文化を作る 008 法、技術、そして文化へ010 継承の地図を描く 013 本書の構造 015
創造は自由に継承される 019 変容する「創作行為」020 作品が作品を生むサイクル 026 創造における貢献を量るには? 028
個人と文化の利益を調整する 031 金銭以外の利益を探す 035 作品の未来を作者がデザインする 038
創造のルールを考える 041 著作権の歴史と法律
「作品」の「作者」を保護するルールの起源 042 知識と「クレジット」044 社会構造を変革させた技術と「個人」の増大 047 国際化された創造のルール 049 必要とされる法の更新 052 著作権の制限 057
43
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フリーカルチャーの戦略 067 コピーレフトとオープンソース
フリーカルチャーの戦略とその射程 068 フリーソフトウェアとそのライセンス 070 著作権を拡張するコピーレフト 074 フリーソフトウェアの倫理性からオープンソースの実用性へ080
(フリー/オープンソース・ソフトウェア)の功績 086 フリーソフトウェアからフリーカルチャーへ090 コンテンツの秩序を揺るがした 技術の登場 092
フリーカルチャーのライセンス運動 099 クリエイティブ・コモンズ
「創造の共有地」を作るために 100 著作権保護期間の延長問題 100 コンテンツのためのライセンス 102 クリエイティブ・コモンズのライセンス群 105 ライセンスの構造 113
自分の作品に ライセンスを適用させる 121 ライセンスにおける「真の自由」の関係 124
ライセンスとビジネス 131 ライセンスの普及 133
765
情報のオープン化がもたらす社会の変革 217
情報が意味を持つオープンデータ 218 透明性と政治参加を促すオープンガバメント 224 情報のオープン化から見るフリーカルチャーの課題 234
継承と学習から文化は生まれ直す 237 新陳代謝する創造の系譜
フリーカルチャーの未来 238 ソフトウェアからコンテンツのオープンソース化を考える 239 ジェネラティビティ
創造と学習 243 拡張された継 承 性という価値 247 作品を評価するモデル 256 インターネットの評価モデルが文化の新陳代謝を引き起こす 263 オープン化される作品のプロセスと新しい「歴史」267
リスペクトの継承 276 リスペクトにもとづく経済 281
終わりにかえて 289 文化から政治、そして生命へ
C C
T E D
C
C
あとがき
本書に ライセンスを付けるにあたって
付 録
文化のオープンソース化の視点から 137
ライセンス・ケーススタディ集 動画のオープンソース化 139
ユーチューブ/その他の動画共有サービス/動画素材のオープン化とさらなる派生関係へ/
文章・百科事典のオープンソース化 147
ウィキペディア/ウィキメディア財団のその他のフリーカルチャー・プロジェクト
写真のオープンソース化 152
フリッカー/その他の写真共有サービス/東日本大震災と写真投稿サービス/ グッドデザイン賞と ライセンス
教育・学習のオープンソース化 157
デジタル・ディバイドの解消という目的/オープン・コースウェア/オープン教育の検索サービス/
P D F
C C
P L o S
カーン・アカデミー/オープンな評価・採点という課題 〈コラム〉日本でのオープン教育の試み・エフテキスト
科学のオープンソース化 169
科学分野でオープン化が急がれる理由/ /人間の生命に関わることこそオープン化が必要
音楽のオープンソース化 173
リミックス、コラボレーションもオープン化の証/音楽の管理と販売のオープン・システム/ 音楽家たちのプロジェクト/音楽のオープン&リミックス・プロジェクト/サウンドクラウド/ インダバ・ミュージック/ネットがもたらした音楽のリアルタイムの共有
建築・デザインのオープンソース化 185
アーキテクチャー・フォー・ヒューマニティ/ ハウス/ファブラボ/ものづくり・電子工作技術のオープン化
美術・アートセンターのオープンソース化 192
観客に開かれた参加型アート・プロジェクト/みずからのアート作品をオープン化する/ 美術館の記録映像をオープン化する/誰でも美術館の展示作品を撮影できる
イラストのオープンソース化 199
ポートフォリオをオープンにする/個人作家の作品をオープンにする
パブリックドメインの共有 202
パブリックドメイン作品が収蔵されているアーカイブ 〈コラム〉日本のフリーカルチャーの金字塔・青空文庫
オープンパブリッシング 書籍のオープンソース化 208
書籍の データをオープン化する/オライリー/ブルームズバリー/日本での取り組み/ 無償デジタルデータ版をめぐるさまざまな論点
はじめに
008
フリーカルチャー 自由な文化を作る
フリーカルチャーとは、インターネットの普及によって可能になった新しい創作 と共有の文化を推進する運動の総称です。同時に、その目的が、主に著作権という 旧態依然とした法律のシステムによって阻害されている現状に対して、さまざまな 方法で改善をもたらそうとする運動でもあります。 「フリーカルチャー」という用語はもともと、アメリカの憲法学者であり、みずか らアメリカの最高裁で著作権保護期間の延長に反対する訴訟を起こしたり、柔軟な 著作権定義を可能にするクリエイティブ・コモンズ・ライセンスの運動を興した ローレンス・レッシグがこの問題について執筆した書籍のタイトルでしたが、現在 は、法律家、ソフトウェア・エンジニア、あらゆるジャンルのプロのアーティスト やアマチュアのクリエイター、社会学や経済学の研究者、教育関係者などの、実に 多様な職種の人々が活動を行なう領域を指す言葉となっています。
さらにフリーカルチャーはインターネットの普及と並行して浮き彫りになった社会問題と共に生まれ、醸成されてきた概念ですが、インターネットの情報基盤としての重要性が依然増している今日において、その射程は狭義のインターネットにと
009
はじめに
どまらず、私たちの社会および文化全体を含んでいるといえます。 その意味では、 旧来は一部の利権者たちによってトップダウンに制御されてきた「政治」という手 法が、フリーカルチャーを形成する個々のプロジェクトの中で顕現化していると いっても過言ではありません。
本書の目的は、フリーカルチャーの起源と現在、そして未来について整理を行な い、私たち個々人が今後の文化の形成にどのように参加していけるかという道筋を 明らかにすることです。そのために、フリーカルチャーが誕生した背景を解説し、 その主要な活動のひとつであるクリエイティブ・コモンズの運動を紹介し、さらに はフリーカルチャーが内包する価値観について考察します。この歴史の参照を通し て、法、技術、文化を含めた私たちの社会がいかに改変可能であるか、またどのよ うに改変していけるかというヒントを、少しでも浮き彫りにできればと思います。
一般に文化や芸術といわれる領域に強い関心を持っている人々だけが、フリー カルチャーと関係があるというわけではありません。インターネットの浸透によっ て、文字通り誰でもどこでも創造的に情報を発信することが可能になった今日にお いて、フリーカルチャーはあらゆる人間の利害に関係している問題だといえます。 同時に多様な領域に固有の文脈や事情も存在するので、フリーカルチャーの全体 像に固定的な定義を与えることも困難だといえます。しかし、フリーカルチャーは
010
ただ現状を認識するための概念ではなく、ある「文化の理想的な状態」を想定して
いるものなので、多様な領域が共通の目的を持って連携して活動を行なうための フレームワーク 枠組みとして活用することができます。本書では、フリーカルチャーの現場で語ら
エッセンス れている多様な目的から共通の本質を抽出し、できるだけ簡潔にまとめられればと
思います。
法 、技 術 、そ し て 文 化 へ
今日広く知られているように、最も根本的な文化における自由とは言論の自由で す。この自由が特定の権力によって侵害されることはほとんどの民主的国家で禁じ られています。この自由が守られている限り、私たちは日々、さまざまなことにつ いて考えをめぐらし、他者に話をしたり文章を書いて伝えたりすることができます。 または絵や図版を描いたり、音楽を構成したり、映像を編集したり、ソフトウェア を組んだりするといったことを自由に行なうことができます。
しかし、私たちは完全に自由に文化的な活動を行なっているわけでもありません。 言い換えれば、何もない無の状態から創造を行なうことはできないし、何の制約も 存在しない状況で勝手に物を作っているわけでもありません。まず、創造活動は
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はじめに
必ず先んじて存在する文化物を継承しながら行なわれます。 また、創造された作品は世界から孤立した存在ではなく、必ずそれを受け取り、
解釈する他者を必要とします。そのため、創造活動とは、度合いの差こそあって も、作者と受け手が最低限理解しあえるルールの上で交わされるコミュニケーショ ン行為と見なすことができます。
著作権という法的なシステムはこうした創造活動の秩序を構築するために設計さ
れました。著作権はまず作品の作り手を明確にし、作り手が金銭や名声といった形
でその労力に対する対価を得られるようにすることによって、より多くの作り手が インセンティブ
よい作品を作り出す 動 機 を提示します。 違う言い方をすれば、個々人の作品が第三者によって無断に複製したり盗用した
りすることを防ぎ、作者が不当な損害をこうむらないようにすることも著作権の存在理由です。著作権とは、不特定多数の人間によって構成される社会において創造をめぐる紛争を防ぎ、文化の成長を促進し、その公正性を担保するために機能することが期待されるシステムであるといえます。
しかし、著作権とはそれ自体が自己完結できるシステムではありません。著作権 が「どのように創造活動の結果が取り扱われるべきか」というルールを示している とすれば、実際に「どのように創造活動が行なわれるのか」ということは技術的な
CP C D
DV D
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問題です。 その意味で著作権とは、作品を記録し、伝達し、共有するために利用される技術
の本質に依存しているといえます。そして端的にいえば、今日の著作権問題とは、現代の著作権が想定している技術と、実際に私たちが手にしている技術の間の乖離に起因しているのです。
インターネットが普及する以前は、創造的な作品は印刷された書籍や、 も メディア
しくは といった物理的な媒体に記録され、そして流通される必要があり、 そのために多大な経済的なコストがかかっていました。
しかし、インターネットが浸透した現在においては、作品のデータを 、ス マートフォンやタブレットといった情報端末上で閲覧できるようになったおかげ で、圧倒的に低コストで複製や配信が行なえるようになっています。
このことはインターネットという情報基盤がいかに革新的な変化をもたらしたか ということを示すと同時に、今後も予測不可能な形で発生するであろう技術的イノ ベーションと、私たちはどのように向き合うべきかという問題を突きつけています。
フリーカルチャーが最初に対象とする問題は著作権にまつわる問題です。そし て、それは常に技術的な動向と密接に関連しているため、両者を切り離して考える ことはできません。本書では、フリーカルチャーが依拠する技術的な動向について
013
10
はじめに
も同時に紹介し、技術の観点からどのような目的を導き出せるのかという問題についても考察を行ないます。
継承の地図を描く
また、フリーカルチャーのこれまでの歴史や経緯を紹介した上で、時代の文脈を 超越して「自由な文化」の価値を特徴づける点についての抽象的な考察も必要です。 本書の章タイトルにもある「継承」と「系譜」という用語は、フリーカルチャーを特 徴づけ、成立させ、維持するために必要とする概念であると筆者は考えます。
フリーカルチャーの議論の中でよく登場する英語の表現として、「build upon」 という言葉があります。直訳すれば「〜の上に作る」となりますが、これは文化的 創作において %のオリジナリティが存在し得ないという前提に立つ表現で す。何かを創作することとは、常に先人や同時代人の創作を継承し、その上に自分 の成果を追加したり再構築するということにほかなりません。この創作に対する姿 勢は同時に、決して創作行為を矮小化したり、天才的な才能の存在を否定すること としてとらえてはならないでしょう。逆に、あらゆる創造活動は過去、現在そして 未来の他者と接続しているというビジョンを示唆しているともいえます。
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創作活動が継承行為を前提にしているとすれば、創作物の継承関係のネットワー クを系譜と呼びましょう。生命の世界においては、私たちの身体的な特徴は親から 継承した遺伝子に多くの部分を左右されるし、一世代で獲得した個人的能力は次世 代に遺伝されるわけでもありません 。
しかし私たちの文化的な活動は、生まれ育った環境に大きく依存するとはいえ、遺伝子に束縛されるわけではなく、実に多様な文化的創作物の中から好きなものを自由に選択し、継承することによって、特有のアイデンティティを持つものとして統合されていくプロセスだといえます。その過程で私たちは、意識的にかつ無意識に、みずからの文化的な系統を形成していくのだと考えられます。
このように創造活動の時間的な推移を、継承行為とその系譜という観点から考 えてみると、創造とは「学習」という行為と表裏一体であることがおのずと浮かび あがってきます。本書の後半部分では、継承、系譜、学習といったキーワードを元 に、これからのフリーカルチャーが開拓する地平線を素描してみます。
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D N A
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はじめに
本書の構造
ここまで述べてきた問題意識を念頭において、本書はフリーカルチャーと総称さ れる運動の起源、現在の状況、そして将来における課題と展望について考察してい くという構造を持っています。そのため、特に読者層を限定せず、悪くいえば広く 浅く、よくいえば総合的に理解していただける構成を心がけています。その意味で、 著作権には触れるものの、法律家や弁護士のような法の専門家の方、もしくは法学 部の学生の方などにとっては厳密さに欠けることを断っておかなければなりません。 筆者は法律の専門家ではありませんが、長年フリーカルチャーの活動に関わってき
ダーウィンに先駆けて進化論の礎を築いた 世紀の博物学者のラマルクは、ある世代において獲得された形質 (能力や特徴)が次世代にも遺伝されるという説を最初に唱えましたが、現代的な遺伝学や進化論においては遺 伝は から形質への一方向のみとされ、獲得形質の遺伝は否定されています。しかし、近年は の発現 の仕方が世代間ではなく、同一個体の中で後天的に変化することを研究するエピジェネティクスという研究が注 目されています(同一個体の 発現の変化が遺伝するかどうかは別問題ですが)。このことに詳しい一般書と
しては、福岡伸一『動的平衡 │生命は自由になれるのか』(木楽舎)が参考になります。
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たものとして振り返ってみても、著作権法は全体を把握することが容易ではなく、 個人的に理解が足りない点も多くあります 。
しかし、法律は目的ではなく、あくまでも手段です。法律や法律をめぐる状況を 最低限正確に知ることはとても重要ですが、その歴史的な複雑さや仕組みの難解さ が、アーティストやクリエイターといった文化の担い手を、創造をめぐるルール・ メイキングの議論から遠ざける要因となってはならないはずです。この想いもあっ て筆者は法律の非専門家として本書を執筆しましたが、アーティスト、クリエイ ター、もしくはエンジニアや、「創造」行為に関心のある人々にこそ本書を手に取っ ていただいて、フリーカルチャーの形成と未来に興味を持っていただき、さらには フリーカルチャーの醸成に参加していただければ、筆者としては望外の喜びです。
第 章では、創造することにまつわるルールの歴史を概略し、第 章で著作権と いう法律概念の歴史を振り返ります。第 章では、フリーカルチャーの登場を準備 したコピーレフトとオープンソースの動きについて説明します。第 章では、筆者 も参加しているフリーカルチャー運動のひとつであるクリエイティブ・コモンズを 中心に解説し、第 章ではクリエイティブ・コモンズと並行して進展している情報 のオープン化の取り組みと、その社会的なインパクトについて紹介します。第 章
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はじめに
では、フリーカルチャーの未来と創造の本質について、筆者の考えや問題意識をま とめます。 そして付録に、フリーカルチャー運動の中でも、クリエイティブ・コモンズ・ラ イセンスを採用した特筆すべき事例をまとめたケーススタディを掲載します。
より厳密な法律の議論や問題について知りたい読者には、フリーカルチャーの中心的な役割を担ってきた国際 クリエイティブ・コモンズの日本支部であるクリエイティブ・コモンズ・ジャパン(以下、 )を筆者と 共に立ち上げた野口祐子弁護士による『デジタル時代の著作権』(ちくま新書)を勧めます。また、インターネッ ト政策の分野における国際的な情報規制の研究をまとめた学術的研究書として、やはり の仲間でもあ る生貝直人による『情報社会と共同規制│ インターネット政策の国際比較制度研究』(勁草書房)が上梓され
ています。 アメリカを中心にしたフリーカルチャーについての考察として代表的なものは、ローレンス・レッシグによる『Free Culture』やヨハイ・ベンクラーによる『The Penguin and the Leviathan』があります。レッシグの著作の多くは山 形浩生氏による邦訳が刊行されているのでご参照ください。
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創造は自由に 継承される
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変 容 す る「 創 作 行 為 」
今日のインターネット社会に「フリーカルチャー」と呼ばれる運動があります。 フリーカルチャーとは読んで字の通り、インターネット上において自由な文化の醸 成を目指すさまざまな活動の総称です。
自由な文化を目指すということは、この運動の参加者たちにとって現在のイン ターネット社会が「自由ではない」要因を抱えていることを示しています。それは 何かといえば、インターネット上で人々が公開している多種多様な作品│ 文章、 画像、映像、楽曲、またはソフトウェアなどを含みます│ が、著作権という法律 によって過度に保護され、本来は許されるべき作品の複製や改変までもが違法とさ れてしまう現状を指しています。
この状況は、ある作品がほかの新しい作品の創造につながるということを法律が正しく認識できず、本来は文化の成長を促進するために設計され、存在してきた著作権のシステムが結果的に文化の成長を抑圧してしまいかねないという問題を孕んでいます。
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創 造は自 由に継 承される
インターネットが登場する前には、いわゆる著作者│ アーティストやクリエイ プロフェッショナル
ター、作者│ と呼ばれる職業は、一部の専門家たちによって占められていまし た。そして文章であれば出版社、音楽であればレコードレーベル、映画であれば配 給会社といった中間的な企業が作者たちの制作に出資し、その作品を市場に流通さ せてきました。
しかしインターネットが浸透した今日、これまでにない規模で世界中の人々が、 著作権の対象となる「作品」を産み出し、中間に立つ企業を介さずに直接インター ネット上で公開したり販売するようになりました。こうした作品がどれだけ増加し ているかということは、以下の統計値からわかります。
年には世界中で 億(世界人口が 億だとすると、そのおよそ %)もの 人がインターネットにアクセスしています。動画共有サービスのユーチューブ (YouTube)では毎日 億個の映像が視聴され、毎分 時間分、一日では 万個
の映像が新たに投稿されています 。
Focus.com: “The State of the Internet: Summing Up 2010”, http://www.focus.com/images/ view/48564/
インターネットの部分的な地図(2005年1月時点のデータにもとづく)。 9
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年 月時点では、世界最大のソーシャル・ネットワーキング・サービス であるフェイスブック(Facebook)には 億人が月に一度はアクセスをしており 、 毎年 億枚の画像が投稿され 、画像共有サービスのフリッカー(Flickr) には一日で 万個の写真が追加されています 。マイクロブログのツイッ ター(Twitter)には 億人が月に一度はアクセスしており 、 年だけで
億以上の ツイート(つぶやき)が投稿されています。また世界中のブログの数 は 億個以上であると推定されています 。
もちろん、こうした大量の「作品」の大多数はアマチュアの人たちによって自発 的に作成されているものであり、いくらそこに著作権が発生するとはいえ、従来の プロフェッショナルによる文章、楽曲、写真、映像の作品と比較することもできな い品質のものがほとんどであるという指摘があります。しかし、このアマチュア/ プロフェッショナルという対立項の設定そのものが現在起こっている状況の本質を 見落としているともいえるでしょう。
旧来のプロフェッショナルという言葉は、出版社や音楽レーベル、配給会社や広 クライアント
告主といった発注者から金銭的な報酬を受け取ることを前提に制作を行なう人を指しますが、インターネット上にさまざまな作品を投稿している人たちの大半は金銭的な動機だけで活動しているわけではありません。それでも、インターネット上で
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創 造は自 由に継 承される
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より多くの人間が活発に動くことによって、これまでのプロフェッショナリズムの再定義が余儀なくされている領域も登場しています。
たとえば誰でも編集に参加できる百科事典であるウィキペディア(Wikipedia)は 長年の運営を通して、エンサイクロペディア・ブリタニカのような従来の権威的な 百科事典と比肩するような内容量と品質を獲得するに至りました。ウィキペディア に集まる記事は、世界中のさまざまな知識を持っている人々が協力して制作されて いる「作品」だといえます。そしてウィキペディアに参加している人たちは一切お 金を受け取っていませんが、優れた記事の制作に参加したという誇りや編集者コ ミュニティの中での評価、そして記事を制作する過程で獲得した知識や経験、そし て読者からの反応や意見といった価値を得ているのだといえます。
ウィキペディア以外の創造的なコミュニティにおいても、似たようなことが当 てはまるでしょう。人々がユーチューブ、ニコニコ動画やヴィメオ(Vimeo)に動画 を、マイスペース(MySpace)やサウンドクラウド(SoundCloud)に楽曲を、フリッ カーやピカサ(Picasa)、フェイスブックやピクシヴ(Pixiv)に写真や絵を投稿すると きに、作品を鑑賞した人からコメントや評価をもらったり、作品をブログやウェブ サイトで紹介してもらったり、さらには自分の作品の一部を新たな作品の制作のた めに使ってもらうといったことは、作者にとっては学習する機会を与えられ、新た
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創 造は自 由に継 承される
な作品を作る動機ともなります。そして後述するように、世界中の人々がアクセスするインターネットによって可能になったこうした価値を原動力として、ネットで活動する一部のクリエイターは、従来のプロのクリエイターや企業が作れなかったような新しい形式の作品を作り出すことに成功しています。
しかし私たちの社会はまだ、作品の創作をめぐる金銭以外の価値を目に見える形で評価し、還元する仕組みを十分に備えていないともいえます。そのため、著作権は今のところ主に金銭的な報酬をめぐる議論の場となっています。そしてこのこと
Facebook社の公称データ。Facebook Statistics, http://www.facebook.com/press/info.php?statistics Focus.com, op. cit.
“How much content is published daily on the web?”, http://contently.com/blog/how-much-
content-is-on-the-web/
Twitter社の 年 月 日発表。参考記事:‘Twitter touts growth, 100 million active users’, CNet,
http://news.cnet.com/8301-13506_3-20103401-17/twitter-touts-growth-100-million-active-users/ Focus.com, op. cit.
Internet Map, BY The Opte Project (CC:BY), http://en.wikipedia.org/wiki/File:Internet_map_1024.
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過去の作品が現在制作される作品の構成要素となり、 同じ作品が未来においては別の作品の構成要素となるイメージ
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が、著作権の濫用による文化の抑圧という構造を産み出している要因のひとつとなっ ているのです。
インターネットで起こりつつあるこの「創造の大衆化」とでも呼べる現象は、プ ロとアマを区別する境界線をなくし、双方を緩やかにつなげる役割を果たしていま す。結果的に、従来の「作品」や「作者」といった概念のとらえ方そのものが変化 し、多様化しています。「作品」はそれ自体で完結する結果としてだけではなく、 ほかの作品の「素材」として機能するようになったといえます。このことは、作品
の創造の連鎖には終わりも始まりもないという文化的な観点につながります。 ノード
ある作品とは、文化という流れの中で連綿と続く創作の連鎖の、ひとつの結節点 であり、その作品の成立には単一の「作者」だけではなく、過去の作品や作者たち も関わっていると考えることができます。そしてこの作品もまた、未来のある時点 において、未知の他者による違う作品の素材として関わっていくでしょう。
作品が作品を生むサイクル
以下の図( ページ参照)は、過去に生まれてきたさまざまな作品の断片が、現在 の作者によってひとつの新しい作品の一部として組み込まれ、さらにはその作品の
過去の 作品A
過去の 作品B
過去の 作品C
未来の 作品E
作品X 未来の の一部 作品F
作品X
の一部 未来の 作品G
過去の 作品A の一部
過去の 作品B の一部
過去の 作品C の一部
作品X の一部
作品X
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未来
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創 造は自 由に継 承される
断片も未来の作品の一部として使われるという流れを表わしています。もちろん、過去の作品の一部のみによって作品が構成されるだけではなく、作者が新たに産み出すオリジナルの要素も重要な構成要素です。しかし、厳密に考えていけば、オリジナルの表現要素も過去に蓄積してきたさまざまな事象の記憶が複雑に再構築された結果としてとらえることもできます。ですが、それを図式化するのは難しいので、ここでは省略しています。
この創造に関する力学は、インターネットが新たに生んだものではありません。それはインターネットが普及する以前からずっと存在し、文化の発展を支えてきたものでもあります。インターネットがもたらした唯一の変化とは、コミュニケーションにかかるコストをほとんどゼロにまで下げて、従来から存在した文化におけ
作品がさまざまな構成要素を基にしてパッケージとして結晶化するプロセス、 そしてそれらが別の作品の構成要素として取り込まれていくプロセス
?
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る創作の連鎖を飛躍的に加速し、その量を大幅に増加させたことです。
その結果として、過去の作品の断片や作品としてまとまる前の情報が、作品という プロセス リンク
ひとつの完成形(パッケージ)として結晶化する過程や、作品が違う作品と接続する様 子がより細かく、はっきりと見えるようになったのだといえます( ページ参照)。
なので厳密にいえば、文化の核心にある本質がインターネットによって変わったと いうのではなく、インターネット以前においては把握することの難しかった文化の力 学をより克明に可視化しつつある、という表現の方が正確でしょう。以前は巨視的に しか見えていなかった文化という有機的なシステムの実態が、より高い分解能をもっ て見えるようになったということです 。
創造における貢献を量るには
このことを厳密に考えていくと、ある種の思考実験を行なうことができます。 たとえば今こうして書いている本書は、単一の筆者の作品として出版されています が、実際のところ筆者が行なっていることは筆者が他者から学んだことを自分の価 値観や優先順位にもとづいて編集しているに過ぎません。そうして考えていくと、 たとえば本書には値段がついていますが、本書の成立に目に見えない形で関わって
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作品C
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作品E 作品F
作品G
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作品X 作品I
作品H
時間軸
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作品K
作品M 作品J
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作品P 作品Q
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いるさまざまな情報や作品の作者たちに対しても本書で発生する金銭的利益が還元されるべきではないでしょうか さらにいえば、作品という形ではなくても、ある人と話をしているときに浮かんだアイデアが作品に活用された場合には、その人の貢献した分にも対価が生まれるべきではないでしょうか。
私たちの社会がそれをしないことの最大の理由は、ある作品の成立に関わっている要素をす
インターネットに接続していない文化的活動は把握できな いではないか、という指摘も想定できますが、それは本質的な 問題ではありません。なぜなら、インターネット上で生成され ていない作品もインターネット上に集積することが可能だから です。このことを証明しているのが世界中の図書館の書籍をデ ジタル化し、オンラインで検索可能な形に変換しようとしてい るグーグル・ブックスの取り組みでしょう。
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べて洗い出し、かつそれぞれの要素がどれほど作品の成立に貢献しているのかとい う度合いを客観的に計算することの困難さにあるといえます。 という作品の成 立に関して、ある人から見たら という作品が最も貢献しているように見えるでしょ うし、違う人から見たら という作品の方が重要かもしれません。異なる人間同 士の主観的な価値の度合いを計算し、最適解を提示する方法はまだ産み出されてい ないのだといえます。
そしてさらに複雑なこととして、創造の連鎖に終わりも始まりもないのであれば、 ある作品に貢献している作品たちもまた、別の作品を要素として産み出されている のであり、この関係をさかのぼろうとし続けると、文字通りきりがなくなってしま います。
私たちの脳は残念ながら、認知的な限界を持っているので、このシナリオがあく までも理想論であり、現実に適用することが困難であることがすぐにわかると思い ます。ただし、インターネット上で制作され、流通する作品を対象として、作品の 相互関係や貢献の度合いを計算して記録するような技術が開発されれば、この理想 のすべては難しいとしても、少しずつ近づいていくことは可能です。そして後述す るように、この系図を構築することによって、より正確に各人の貢献度が評価され るようになれば、それは公正な文化へ近づく道筋だと考えることができるでしょう。
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創 造は自 由に継 承される
それでは私たちの近代的な社会ではどのような解決方法を採ってきたのかという と、作者に対しては、限られた期間だけ、他者による作品の複製や二次的な利用を 通して金銭的な利益を得ることを許し、その期間が過ぎたあとには誰でも自由に使 えるようにするというルールが設けられてきました。これが著作権という社会的ルー ルの基本的な内容です。つまり、作品を作る作者個人と、作品を使うその他全員の 双方の利益を調整して満たすことによって、新しい作品が生まれやすくするという ルールが著作権なのです。
作品から利益を受け取れることがわかれば、作者が作品を作る動機が高まり、 新しい作品が制作される確率が高まります。同時に、新しい作品が生まれるために は、作者がより多くの他者の作品を自由に参照し、引用し、組み込めた方が、その 確率が高まることもまた事実でしょう。この際の「自由に」というのは、作品を使 うための許可を申請したりお金を払ったりといった利用コストを支払うことなく、 という意味であり、「ルールを無視する」ことでは決してありません。
個人と文化の利益を調整する そしてこのルールにおいて、作者の立場と文化全体の観点の双方を満足させるた
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めの焦点が、作者に権利が与えられる期間の長さです。端的にいえば、現在の著作 権の実態としては、この作者の権利を保護する期間は年代を追うごとに延長されて きました。最初の近代的な著作権の制度は 世紀初頭のイギリスで制定され、作者 の権利の保護期間は当初は最初の印刷後から 年(更新をすれば 年)と定められてい ました。しかし 世紀、 世紀を通して、多くの作品の権利を有する企業の働きか けによってこの保護機関は延長され続け、現在では「作者の死後 年」から「死後
年」までに延ばされています。 作者の死後は、作者の権利を相続した遺族や買い 取った企業が作品からの利益を要求し続けることが可能になります。
フェア これは作者以外の人々に対して公正な設定だといえるでしょうか。もちろん、何
がフェアかフェアでないかという判断は主観によって異なるので、より客観的な論 点に変えてみましょう。果たしてこれだけ長い年数の間、作品を保護することによっ て、文化全体を考えたときに新しい作品が活発に生まれることを期待できるのでしょ うか、と。
当然のことながら、保護期間の延長を推進している人々は、文化全体の利益を考 えることに関心を持っていないことになります 。このような考えにもとづいて、 保護期間の延長に加えて、さらに作品の相互利用を阻害する動きがアメリカを中心
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創 造は自 由に継 承される
に活発になっています。それは後述するように、作品の海賊版の流通を阻止すると いう名目で、価値中立的なインターネット技術を規制したり、私的複製は許されて いるはずの作品を複製できないようにする技術を施したり、子どもや学生を含む何 万人もの市民を対象に違法ダウンロードの疑いで企業によって集団訴訟が起こされ たり、著作権侵害の可能性があるだけでウェブサービスのドメイン名からのアクセ スを停止させられる規制法案( =オンライン違法コピー防止法案や =知的 財産防護法案)が審議されたりもしました。 年 月現在は採決延期となって いますが、いつまた可決されようとする動きが出てくるかはわかりません。 こう した動きはすべて、特に次世代に対して、自由に作品同士が参照しあい、接続され ることは違法、つまり悪しきことであるという意識を押し広げることとなり、結果 的に創作行為全体を萎縮させてしまう影響を持ちます。
実際、 年にアメリカで可決された著作権延長法の推進派の一人は「作者の著作権は永遠に有効であ るべき」という趣旨の発言をしています。参考: 144 Congressional Record H9952, in http://en.wikipedia.
org/wiki/Mary_Bono_Mack
作品同士の相互利用が阻まれた状態
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先ほどの作品が生まれるサイクルの図( ページ参照)では利用コストが限りなく ゼロに近い理想状態を想定していました。以下の図( ページ参照)では、長過ぎる 保護期間や海賊版撲滅施策の壁に遮られて、作品同士が相互利用することが阻害さ れている様子を表わしています。
自由に過去の作品を参照、引用、改変することが阻害され続ければ、現在作られようとしている作品が貧しくなるばかりか、未来の時点で作られるであろう作品もまた、その貧しさに甘んじなければならなくなります。この考えは決して突飛なものではなく、むしろとても理解しやすいことだと思います。それにも関わらず、著作権の保護期間が全体を犠牲にして一部の利益を最大化するべく推移してきたということの理由は、市場原理が司法や政治を制御するまでに肥大化したからにほかならないでしょう。
そしてこれからもインターネット上での創作が爆発的に増え続けることを考えると、現在の著作権の在り方が変わっていかなければ、そうして作られる作品のほとんどが潜在的に著作権法に違反する状況が日常のものとなってしまいます。
過去の 作品A
過去の 作品A の一部
過去の 作品B の一部
過去の 作品C の一部
過去の 作品C
過去の 作品B
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作品X の一部
作品X の一部
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未来の 作品F
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金銭以外の利益を探す
フリーカルチャーの擁護者は、著作権という 作者に利益を還元するシステムの意義を肯定し ます。金銭的な利益も、社会的な価値に含まれ るのであり、作者が正当な価値を受け取ること によって文化が活性化すると考えるからです。 その意味でフリーカルチャーは、著作権そのも のを否定する動きとは同調しません。
フリーカルチャーの運動は、インターネット
が生まれる以前に制定された著作権の国際的な
ルールが、インターネット技術にもとづく現代 ダイナミクス
的な文化の力学に対応できていないことを指摘し、保護期間の延長を止めたり適切な改正を求めると共に、現行の著作権に従いながらも、より柔軟で開かれた作品の共有のルールを自生的に作り出し、広めようとするものです。
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法律のシステムを変えようとする運動の中身としては、保護期間の延長に反対 したり、または保護期間を短くしてしまったり、登録制にしたりするアイデアなど があります。法の改正を追求することは、既得権益を守ろうとする既存の産業と争 い、議会や国会に働きかける長期的なロビー活動が必要となります。この方法が抱 える困難さにはさまざまな次元がありますが、中でも政治家や官僚が、すでに大き な利益を挙げ、国家経済に貢献している既得権益産業からの要請に耳を傾けざるを 得ず、さまざまな立場の利害を調整することにとても長い時間が必要になってしま うという問題があります。
また、長期的に見たときに社会に還元されるメリットは理解できても、インター ネット上で著作権の保護を緩やかにすることが果たして本当に大多数の市民や企業 の経済的な利益に寄与できるのか、少なくとも短期的な視点では不確定である点も 挙げられます。これは、短期的な指標を重要視してしまう現行の経済システムの 問題も関連しているといえます。フリーカルチャーの主張の根幹には、文化の力学 を決定する要因として経済的観点だけではなく、教育システムの改善やデジタル・ ディバイド(情報格差)の解消、そしてより活発な作品の創造をうながすといった社 会的な規範も強化し、その流れの中で新しい経済の在り方を作っていこうという長 期的なビジョンをも内包しています。
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創 造は自 由に継 承される
しかし、こうした考えが正しいものであるとただ理論的に証明したところで、直 接的に法改正には結びつきません。そこでフリーカルチャーがこれまで採用してき た主な戦略としては、新たに「ライセンス」というルールを自分たちで設計し、現 行の著作権のルールの上にかぶせてしまおうというものです。こうすることによっ て、現行の著作権に違反するという反則を犯さないまま、著作権をあるべき姿に拡 張することができます。
著作権は作品が完成した時点でいわば自動的に作者に与えられ 、かつ、作者 にのみ与えられる権利です。それは作者を作品の盗用や剽窃から保護しますが、同 時にほかの人がその作品について知り、違う人に広めたり、その作品から新しい作 品を作り出すことを禁止してしまいます。このことによって、今日のインターネッ トの世界においては一般的に行なわれている行為│ たとえばある作品を作者の許
この著作権の特徴は無方式主義と呼ばれ、 年に締結されたベルヌ条約で定義されました。 ベルヌ条 約に加盟した国々において、作者は著作権を得るためには申請や登録を行なう必要は一切なく、作品が記録媒体
(紙、テープ、電子ファイルなど)に固定された時点で自動的に著作権が与えられると取り決められました。
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可を得ることなくブログや で紹介したり、その作品へのオマージュとして 異なる作品へと作り変えるということ│ が潜在的に著作権の違反となってしまい ます。
先述したように、こうした行為が直接的に訴訟などにつながらないとしても、他者の作品を利用することが違法となる可能性が高いという固定観念が社会に広がれば、新しい文化の創造を多大に萎縮させるという影響が生まれてしまいます。
作品の未来を作者がデザインする
こうした状況に対してフリーカルチャーのさまざまなプロジェクトが提案してき たことは、作者がみずから作品に「ライセンス」を付けて公開することによって、 この著作権が禁止してしまう事柄を他者に対して許可するということです。こうす ることによって作者は、自分の作品に出会う人々が作品を広めてくれたり、さまざ まな形でフィードバックを送ってくれたりすることを期待することができます。作 者がどのようなことを許可するかということはライセンスの種類に応じて異なりま すが、ほとんどのライセンスは誰でも無償で作品のデータを入手し、それを複製 し、ほかの人と共有する自由を与えています。より自由度の高いライセンスは、さ
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